KO-SHI KAI

講志会

エッセイスト

武部 好伸YOSHINOBU TAKEBE

好きの力はどんな困難があっても克服できる

自分の好きなこと、興味があることを対象に 精一杯エネルギーを費やしたものは、本という形で遺していきたい

大阪と映画の関わりを徹底的に調べた『 大阪「映画」事始め 』という本を出しました

去年の秋に大阪映画事はじめという本を出しまして、大阪と映画の関わりを徹底的に調べた本で、大阪の心斎橋の輸入雑貨商の「荒木和一」さんという存在が浮かんできまして、120年前なんですけど、明治29年、30年くらいの。

その人の話を中心に書いたんですけども、大阪史記編纂室からその荒木さんていうのが、大阪の実業家でもあられて、しかし全く光が当たってなかったので、映画の絡みだけじゃなくて、大阪の実業界、実は新世界を作ったそこの会社の顧問もやってたりとか、実はいろんなことをやっているということがわかりまして、その荒木さんの本というか、大阪の歴史という紀要がありまして、そこに原稿用紙50枚なんですけど、それを今書くべく、理奮闘してます。

僕2000年に『全部大阪の映画やねん』っていう本を出したんです。それは大阪の舞台にした映画作品、ソフト的なものですかね。
それをある意味網羅しながらエッセイ風に書いたんですけども、今回映画興行120年目という節目がありましてね、それで、今度は前と同じようにソフト面をやっても前と同じことやな、と思って歴史を徹底的に調べよっかな、と思って、いわゆるソフトやなく、ハード的にかたく、直球ストレートに探っていったら、実は映画の最初にスクリーン投影式の映画が最初に上映されたのが今までは京都やと言われていたんですけど、実は大阪の難波の鉄工所でやってるっていうことがわかったりして、大阪っていうのはあまり映画とかかわりがないっていうイメージが強いなっ、いうのがあると思うんですけども、それ、ほんまはどうやねん?と。かなり大阪と映画の関わりがでてきましたよね。
弁士の第一号も大阪人やったし、野外上映とかもね、浜寺でやって、実は大阪が最初っていうのが思いのほか多くあったかなーっていうのが印象ですかね。

僕の基本は好きの力なんです「映画・ケルト文化・お酒」

好きなもんはどんな困難があってもそう力があったら克服できるな、っていうのが今まで実践してきまして、それプラス、何か思い立ったら、これは嫌なことではなくて、自分にピーンと心に響くもんがあったら、すぐに行動する。
映画とケルト文化とお酒っていうのんも。それでそれもやっぱし、映画も観るだけじゃなくって現場に行きたい、とか、ケルトやったら、学術的な文献読むだけやなくて、実際に行くという、思ったらすぐに行っちゃうという、それが僕の一つの原動力となってるかな、それの一番基盤は好きの力。
好きなことやってて、そこでやっぱりすぐに頭だけでなくて、なんかあったらすぐに動いていくというそれが僕のあれですかね、ポリシーになってます。

ケルト文化に魅かれて、全10巻のケルト紀行シリーズを発刊

今から30年ほど前ですかね。入社して、読売新聞の記者やってましてね。
その時、昔からお酒が大好きだったんですよ。ウィスキーが。
入社して10年目かな。お酒の飲めない親戚から、一本の中元の品が回ってきたんです。
それがグレーンフィディックというスコッチのシングルモルト。今やったらものすごくポピュラーなんですけれども、当時はね、シングルモルトが非常に珍しくて、これいったいなんやねん?って思って、ポーンと蓋を開けて匂いを嗅いだらもう、電流が走りそうになって、で、一口飲んだとたんに、そうそう、神の啓示ですね。これはなんや、と思いまして。
そこで結構ウィスキーにはまっていって、そのうち新聞記者してましたから、やっぱ現場に行きたい、で、スコットランドに行ったんです。蒸留所をいろいろめぐってきまして、それはそれですごくよかったんですよ。でもなんとなくね、スコットランドとイングランドはちゃうなーっていうのをわかってきたりで、日本に帰ってスコットランドの歴史を調べましたら、昔ケルト人というのが、アイルランドから渡ってきて、そういう表記がありましてね。
ケルトってなんやねん。っていうのを中之島の図書館で調べましたわ。当時日本語の本がなくて、全部英語でしたんですけど、調べて行ったら、ヨーロッパのベーシックな起草の文化を築いた、民族、であるということがわかりました。これは世界史でも習ってなかったですし、非常にミステリアスで面白いな、と思いまして、僕40で新聞社辞めたんです。自分勝手に辞めました。で、それやったらまだ元気のある今のうちやったら、取材できるんちゃうか?ということで、ヨーロッパに点在するケルトの遺跡、古代遺跡と、今現在ケルトと称してる国、例えばアイルランド、スコットランド、ウェールズとかブルターニュとかそういうところ、毎年夏に、一カ月くらい行ってたかな?とことん現場主義で、現地の人たちの話を聞いたり、博物館で学芸員の話聞いたり、遺跡を見たりしながら、それをまた日本に帰ってきて一冊の本にしました。それが、ケルト紀行シリーズというもので、全10巻になりました。僕の財産になってます。
一応、全10巻は終えたんですけども、まだ取りこぼしもありますので、今古代ケルト、ケルトのルーツがものすごいこだわりがありまして、で、それで今忙しくなってきてね、一カ月が無理なんで、二週間くらい毎年ヨーロッパに行って、取りこぼしの部分を調べています。
去年はスペインのマドリットの北東にある古代ケルトの遺跡を巡ってきたり、おととしは、ドイツか、フランスとか、で、またこの取りこぼしの部分をまとめて、『古代ケルト紀行』というようななんか本にまとめようとしている、今そういうところです。

ありきたりのもの以外の見方をすると、めちゃくちゃおもしろくなる

今までの常識以外のところ。例えば、ヨーロッパでケルトと言えばヨーロッパ文化のね、起草的なベーシックなところがありますので、ヨーロッパ言うたら、ある程度歴史がありまして、ローマからこうきて、それからゲルマン人と、イギリスとかね、ポルトガル、スペインとかって決まりきった世界史があるんですけど、実はその中に、ケルトというのがヨーロッパの文化というか生活にも浸透してますからね、地名でもフランスの首都のパリは、パリシー族っていうケルトの部族がいてたから、パリという名前があったり、それとかスイスのほんとの名前はスイスやなくて、ヘルエテーって言うんですよ。ヘルエチア。それは何かというと、古代そこにケルト系の民族、部族でヘルエチア族というのが住んでたから。だからスイスはヘルエテルなんです。スイスはご存じのとおり、ドイツとか、フランス系、イタリア系という三つ、混合してる状態で、ひとつだけ突出してる感じがしたら、何かもめごとの原因になるっていうことで、それやったら自分らのもっと先の根源的なところってなんかな?ってことやったら、ヘルエチア族っていうケルトの部族がいてた。とそれを名前にしている、とか。

だから今までのはこうみてたけど、ちょっとはすからというか、斜めからこう見る、それが僕にとってのケルトなんです。
それが、ヨーロッパを見ていくと、ケルトから見ると意外な発見。
これもすべてケルトと関係してんねんな、アルプスというのもケルト語の高いいう語源から出てるなとか、そういうのがね、そういうことを知っていったら、ヨーロッパ、ケルトに関してはヨーロッパを別の意味で深く面白く、知れるのではないかな?と思っています。

あと、映画もね、僕ものすごく学生時代年間550本くらい観てて、ほんまに映画バカやったんですけど、今でも試写とかで250本くらい観てるんですけど、僕はそんな中でも自分の好きな、ケルトとかお酒とこう絡めて、書くっていうのがポリシーにしています。
だから映画の中でもウィスキーが好きですから、ウィスキーが出てくるシーンに特化して、なんでこの場面にウィスキー使うんやとか、その登場人物にどんな作用を及ぼしているか、とか、時々こじつけもありますけど、そういうのをまとめて、『ウィスキー&シネマ』という本も2年前に出させてもらいました。
これのナンバー2も今年中に書かなあかんなーとか思って今ちょくちょく材料をやっているところです。だから今までの定説というか、ありきたりのもの以外の見方をすると、めちゃめちゃそれが面白くなる、だから映画でもウィスキーを入れることによって、あ、こういう見方があるんやな、そういうことをちょっとでも知ってもらいたい。

エッセイスト 武部 好伸たけべ よしのぶ

自分の好きなこと、興味があることを対象に 精一杯エネルギーを費やしたものは、本という形で遺していきたい。

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