KO-SHI KAI

講志会

映像発信てれれ 代表

下之坊 修子SYUKO SHIMONOBOU

ひとりでも、正々堂々と行きて死んで行ける場作り

どこに住んでいても、「半分どうぞ」っていう豊かな生き方になればいいと思っている

滝畑に移住したのは、メンドクサイけど大事なものを伝えたいから

去年の暮れに河内長野市滝畑という、大阪の難波から1時間くらいの、結構山奥なんですけど、移住してきました。わたしが小学校1年まで育ったことがあるので、縁があって引っ越すことができたんですけど、私自身は映像を制作したりとか、講座やったりとか、上映活動とかをやってたんですけど、昔から田舎暮らしをしたいな、という思いがずっと続いていたのがひとつと、映像で世界を変えるぞ!とかね、女性をテーマにすることが多くて、女性の問題とかいろいろあるのが、なかなか解決しにくいっていう、しにくいどころか、どんどん世の中ややこしな、とか、こんなんでいいんか、とかいろんな問題を感じることになって。

そこん中でひとつ思ったんが、自分の生活を見直す、というか生活自体をちゃんと変えていくというか、私自身の生活をまず、変えていかなあかんな、っていう思いも重なって、いよいよじゃあ田舎暮らししよって思って、思いついてからわりといろいろ縁があって、ここに引っ越してくることができました。
私がやってた、「カフェ放送てれれ」という上映会活動してた仲間たちとか、その後いろんな人、つながったひとたちに呼びかけてみんなでメンドクサイことしようよ、と。
やっぱり効率とか、いろんなことを経済的な効果とかそういうことをすごい優先してやってきたひずみみたいなものを感じていたので、もっと手間暇かけて、物事をゆっくり丁寧にやっていかなあかんと。

人の感覚というのはすごい失われているような気がしたから、五感を取り戻そうと、そのためには丁寧に手で土をいろったりとか、みんなで家をね、トンカチやったりとか、そういうことをして改修したりとか、そういうことがすごい大事なことのような気がしてきて、おばあちゃんたちがやってた、自給自足に近いような、そういう生活の中から、大事なものがすごく失われてきているので、それを伝えられる最後の世代かな、みたいなものもすごく感じたので、次の世代の人たちに、そういう生活の中の知恵とか、昔の人たちがやってたことを、ヒントを得てね、次につなげるようなことをしていきたいな、ということがすごくあったんですよ。

みんなでメンドクサイことをしようよっていうので、手始めに、裏の畑をみんなで、ちょっと耕したり、植えたりしながら、あとは家もちょっと傷みかけていたとこがあったので、たまたま知り合いの人がね、材木いらんか、っていうのがあって、そういうの頂いたりしたりして、なんかモノ捨てるんじゃなくて、捨てるものを頂いて、それを復元、再生していく、みたいなそういうことをやっていきたかったので、畑とか家をみんなでやろうよ、とか。

あと一番やっぱり大きなきっかけは、おととし仕事をした時の平野区で、河内木綿というものに出会って、私河内生まれやーーみたいなのがあって、こんなにステキなものが昔からあったんや。っていうので、綿を植えたい、畑が欲しい!っていうのもかなり自分の中で大きなものがあって、たまたま縁があって、綿の苗をいただいたりして、それを育てていったら、全く素人で何がなんだかわからんままに植えてたのに、綿の花がぱっつと開いてね。
それはすごい感動的で、なんか綿の苗を育てて、綿が出来て、それを種と綿に分けて、紡いででやっとこの服が出来るんだよ。みたいな、ね。
そういうすごい手間暇かけて出来上がったものは、やっぱり気に入らん、ポイ!って捨てるんじゃない、っていうことをみんな感じながら生活できればいいな、っていうそういう思いもあって、今なんかしらメンドクサイことやってる次第です。

女性がひとりでもカッコ良く堂々と行きて死んで行ける場創り

自分が結婚したり離婚したりの中で、女性っていうものの置かれてる立場とかの理不尽な思いとかあったので、それは、昔は自分の能力がないからだ、とずっと思い続けてたけど、その女性が置かれてる社会的な問題すごいあるなっていうことに気づいたので、映像始める時に女性をテーマにした作品づくりっていうのはずっとやってきたし、今は田舎暮らしの大事なものっていうのは記録していこうと思っていますけど、やっぱりその中で埋もれていく女性たちとか、埋もれてきた歴史の中の女性たちっていうのには、できるだけ気になりながら、表現していきたいな、と思ってます。

たまたま女性団体から、障がい者の女性たちの思いというのを表現するっていうお仕事をいただいて、その時初めて、女性障がい者の人たちと出会ったんですけど、障がい者だから、女性だからっていうのも、あるんですけど、その人そのもののに、すごい感動したんで、わたしが作った作品の主人公の「ここにおるんじゃけ」っていう映画作ったんですけど、その主人公の佐々木千鶴子さんからは、すごいいろんなことを学んだので、ここで今いろんな活動をしてますけど、そん中の一つに「エンディングをみんなで考えよう」っていうか「エンディング講座」みたいなのもやってるんですけど、彼女のように私ももしかしたら、寝たきりになって手も足も動かなくなるかもしれない。
彼女は脳性マヒだったので、ほんとに段々手も足も動かなくなっている状況でも、正々堂々と生きてそのかっこいい彼女を見ていて、私もどんな状況であれ、堂々と死んでいける場というのは作っていきたいな、って思ってて、そういう実験みたいな感じですけど、そのために何をしよ、っていうのをそういうことに関心がある人たちと一緒に活動、というか勉強会をずっとやってます。

★ここにおるんじゃけぇ/ダイジェスト(Youtube)  https://www.youtube.com/watch?v=4uuZ1lvQjjc

虫も人も共存すること、いいところを見つけて豊かに生きていけるようになれれば

昔は炭を焼いて、火をいこして、そこにやかんを置いてお湯沸かすみたいなことをやってて、めちゃメンドクサイんですけど、その火を見てたら、愛おしいし、かまどでご飯焚いたりもするんですけど、やっぱ美味しいんですよね。
気のせいかもしれへんけど、沸かしたお湯でお茶入れても、その方が美味しいような気がして、そういう生活って、すごい大事だし、裏にお茶の葉っぱとかもキレイな木ではないんだけど、枝もがちゃがちゃなんだけど、そういうところから葉っぱをとってお茶にして飲んだら、すごい美味しいし、ひとつひとつの生活の中から学ぶものはいっぱいあったので、そういうことを伝えていきたい。

畑ひとつやってても虫とかいっぱい飛んで来て、いややなっていうのもあるんだけど、その虫を食べにまた次の虫がやってきたりとか、その蜂なんかが、かぼちゃとかにちゃんと受粉してくれたりとか、そういうのをみてたら、人間が生きてるっていうことと、虫が生きてるってことがイコールでなんか人間のために虫がいてるんじゃなくって、共存していく、そしたら、野菜とかも食べても、半分どうぞ、みたいな感じに思えるそれって、人が生きていく中でも、一緒にいろんな人たちと生きていく中でもすごいヒントになるから、学ぶことがいっぱいあるので、昔の人たち、おばあちゃんたちは、無意識で社会の中で行われていたような、なんか子供育てるのもみんなで育てるとか、家一軒建てるでも、みんなが集まって作ったりとかね、そういうことが当たり前にされてた社会っていうのが、今の私が難波で住んでた時に、隣りで誰が住んでるかわからんような、そんなこととは全然違った、社会っていうかその大事さっていうのをもう少し感じるのでなんか、それが100%いいとは思わないけど、難波で都会で暮らす良さもあるし、こっちの良さもあるけど、いいところをちゃんと見つけ出して、みんなが豊かに生きていけるようになれればいいな、とはすごく思っています。

映像発信てれれ 代表 下之坊 修子しものぼう しゅうこ

どこに住んでいても、「半分どうぞ」っていう豊かな生き方になればいいと思っている。

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