KO-SHI KAI

講志会

株式会社シカトキノコ代表・妄想都市研究家

藤田 ツキトTSUKITO FUJITA

行動指針は子どもスピリッツ

効率とかよりも人の想いとかそういうもので、モノづくりをしていきたい

アートとデザインの両方わかる、地域にも詳しいっていう人が意外と少ない

仕事は広告会社、デザイン会社から、ただデザインしたり、広告を作ったりということではなくって、僕自身がいろんな地域と関わるということを、たまたまそういうことになったということと、自分自身デザインだけじゃなくってアートの分野にもクビを突っ込んだというところで、なかなかアートとデザインの両方わかるっていうところを、さらにそういう人が地域に詳しいっていう人っていうのが意外と少なくて、すき間産業需要があるんじゃないかなというところが最近気づいているところで、で、その中で会社の仕事とは別に、スーパー町内会活動と、とらとうちゃんというゆるキャラ、会社の中で物々交換でアイデア相談所というこの3つをやっています。

お金じゃない価値、サービスとサービスの物々交換の考え方

玉造で、僕が2年前、ギャラリーをしてたことがあったんですけど、そこで出会った、やっぱり地域にも詳しく、先輩というか、師匠みたいな方がいらっしゃって、その方が農家さんから野菜を仕入れて、自分の足で地域の飲食店さんを回って、売り歩くというか、仕事というか活動をされていたんですけど、仕入れた野菜ってどうしても余ってしまったりということがあった時に、知り合いの鮮魚市場さんとか、パンやさんとかに、残った分でお世話になってるところにおわたししてたら、魚とかパンとかがやってきて、その時おっしゃった言葉とかで、「なんかわたしお金ないんやけど、すごい贅沢な食材が揃ってる」っていうことをおっしゃった時に、ああ、なんかそういうのもいいなって思って、で僕はフリーランスのデザイナーをしてたこともあったんですけど、今の事務所のところでで個人事業で「シカトキノコ」というのを始めた時に、単にデザイン事務所始めました!っていうと誰も来てくれない、寂しさっていうのもあったので、「すみびらき」という自分の自宅を開放しながら、できる、物々交換デザイン事務所っていうのを3年半ほどしてました。なんかお金じゃない価値というか、お金でもいいけど、等価ですよね。その等しい価値でモノをやったことに対するサービスとサービスを交換できるという、ところが魅力的だったので、今そのサービス、物々交換をしてるところもありますけど、なんか考え方としては常に残っていますね。

これは地球のためになるのかならないのか、というそれが僕の指針

今から9年前かな。2008年に自分の殻を破りたいというかすごく考えることがあって、その時にちょっとなんていうんですかね、これから自分の中で生きるか死ぬかじゃないですけど、そういう気持ち、心情になった時になんのために生きるのかな、と一応深く考えてみた時に、ふと、ベタな言い方ですけど、地球の環境を守らないといけないという使命感に襲われてですね。
そのころ僕は今でいうニートだったので、ニートでありながら主夫をしていたんですね。

何もしてない自分がウルトラマンのように地球を守るって言ってもですね、何も起こらないですけど、ただ、行動からうつさないといけない、って時に、マンションのポストに入ってある清掃スタッフ募集っていうちらしが入っていたんですけど、電話を掛けて、掃除したいから雇ってくれ、と言って入ったんですね。でも、だいたいそういうのはおじいちゃん、おばあちゃんとかがされてたそうで、怪しまれたんですけど、いや、掃除がしたいからですよ、とそれだけで、スーパーを一人で、朝の2時間くらいを一人で全館掃除をする、っていう仕事なんですけど、一週間は師匠について、そっから一人。6時から9時まで働いて、その後は自由時間というすごく健康的な、お金のあるなしはともかくそういう生活を送ってきたので、そっからの志で言うと、なんていうんですかね、今戦争とかありますけど、戦争が出来るのは地球があるからだ、と思うんですよ。地球がなくなってしまっては、戦争もできないというか、もちろんしない方がいいんですけど、その環境すら奪ってしまうようなことはしてはいけない、と思うので、そこは何かを判断するうえでも、絶対的な指針になっているというか、これは地球のためになるのかならないのか、というそれが僕の心の中にずっとあるものっていう感じですね。

平和のためには出来るだけ多くの人とつながっておかないといけないという使命感

よく世界平和ってとか言ってしまうと、もちろん平和がいいんですけど、人と人との関係でしかもはやない、というか、地球の中で占めてる人と人とが、みんなおんなじ考えを持って行動するなんてことはありえないわけで、やっぱり喧嘩もするし、好きな人もいれば嫌いな人もいる、と、そう言った中で、喧嘩ができたりなんやかんやしてる状況が、ま、平和なのであろう、と考えると、やっぱりふと、舞台がいるのに、舞台は地球なはずなのに、なんかそこを守らないと、人間が遊べないというか、生きれないというか、人間だけじゃないですけどね。というとこまで考えが至ったので、なんか守らないと、という使命感に、そのためには出来るだけ多くの人とつながっておかないといけない。

そしていろんな人の考えを聴かなければいけない、と思って、僕2008年その思いたった一年はですね、名刺は自分で作ってたんですけど、白紙のカードを持って、名刺って持ってないっていう人にはカード渡して、とにかく、書いてください、とどういう人なのかというのを聞いて、繋がって、結構そこで五~六百人ですかね、一年間で人と会いましたね。でそれもノートに付けて、誰があの時会った人っていうの、これ、今も実践してるんですけど名刺を頂いた時は、いつどこで会った人っていうのを書かないと、忘れてしまうので、忘れるんですけど、なるべく思い出せるように、というのをやっております。

平均的にはどれくらいかな?っていうポジションがあったとして、その感覚を僕はだいたいわかる

小学校の時も、教室の中で僕はいじめられっ子にはなりたくないし、いじめっ子にもなりたくない。かといって休み時間に本をずーーっと読んでる女子みたいにもなりたくない、ってなった時に、なんとなく友達がいて、なんとなく輪に入ってるっていうポジションを常に確立しようとしてたんですね。ま、その結果、誰にも響かない存在になる訳ですけど、それで良かったんですよね。当てられたくないから、とか。

でも、テストの点も頭悪いやつって思われたくないし、そこまで勉強好きな訳でもないから、平均点よりちょっと上くらいは採っておきたい、というような、常に物事の平均っていうのを見る、これは後々分析すると、そういうことやなって思ったんです。それをま、29年くらいやってきた、積み重ねでですね、ちょっと発想を変えた時に、例えば世の中の今、いろんな問題があると思いますけど、一部の問題のことに関して、ここって平均的にはどれくらいかな?っていうポジションがあったとして、その感覚を僕はだいたいわかることができるじゃないかと思ったんですよね。

僕は大阪に住んでいますけど、その中で大阪人ってわりと目立ってないんじゃないかなって思ったというか要は発言しないというか、公共の場での発言が少ないですね。意外と。
井戸端会議とかでは結構話したりとか、いますけど、ってなった時に、だいたいこの辺くらいのポジションにいたらいいのに、というのからいうと、ちょっと低め、ってなった時に僕は平均にするために敢えて自分を目立たせる、ということで平均が保てるんじゃないかと思ったんですね。
あとはま、おっきなことを言うんだったら、人に影響力を与えないといけない、与えるってことは、目立ってなんか覚えてもらわないといけない、だから仕方なく派手にしたっていう感じですかね。
そうすると、人を覚えてもらえるんで。

株式会社シカトキノコ代表・妄想都市研究家 藤田 ツキトふじた つきと

効率とかよりも人の想いとかそういうもので、モノづくりをしていきたい。

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